明治の初め、森口伍平の養子となった森口万吉が手延べそうめんづくりを開始したのが、森口製粉製麺のはじまりです。森口万吉は、10人あまりの神岡村の仲間に手伝ってもらいながら、農業の副業として麺づくりを始めました。
応永25年(1418年)頃からそうめんづくりが行われてきたこの土地の農家は、農業のかたわら麺づくりをしていたこともあって、そうめんづくりは順調に進んだようです。麺づくにやりがいを見出した万吉は、いつしか農業の副業から本業に転換し、麺づくりに没頭するようになりました。つるつるとした喉越しと弾力のある食感をもつ、自分が納得する独自の麺づくりを追求していきました。
そして、大正10年(1921年)には、揖保川で水車製粉を開始し、工業化をしながら生産量を増やしていきました。